好きって言いなよ

 あぁくそ、まじで腹立つな。なんなんだよ、あの細目オカッパ。
 共同演習のために有明りんかい基地を訪れていた第3部隊――主に保科とやり合った鳴海は、怒りを隠そうともせず、休憩スペースの長椅子にどかりと腰を下ろした。ありがたいことに周囲には誰もいない。

「ほんなら僕は会議がありますんで。消化不良ですけど、今日はこのへんで失礼しますわ。行きましょう、長谷川サン」

 去り際の保科のひょうひょうとした言い草を思い出して、さらに怒りがこみ上げてくる。
 口角をわずかにあげる笑い方も、指の先まで綺麗な敬礼も、さげられた丸い後頭部も、長谷川と親しげに肩を並べて去って行く後ろ姿も、なにもかもが癪に障るし気に食わない。 
 ボクだってな、朝から、なんなら昨日からぎちぎちのスケジュールで出撃して、ナンバーズの調整をして四ノ宮に稽古をつけて、その合間に長谷川にやいのやいの言われながら溜まっていた書類仕事をきっちり片付けてやったんだぞ。つまり、いまのこの時間は、ようやく獲得したボクのボクによるボクのための貴重なボーナスタイムだったわけだ。それをあのオカッパ……いや違う、言ったとおり、あんなオカッパの相手をしている暇は、忙しいボクには毛頭あるはずがない。さっきのあれは、ボクの許可なく不法侵入をはたしたアイツを取り締まったまでだ。そうだ、オカッパの相手なんざむしろこちらから願い下げだ。あーよかったわ、断る手間が省けて。せいせいした! ザマァミロ! ……ていうかアイツの言ってた会議って、このあとの師団会議のことじゃないだろうな。
 だったらスケジュールも目的地も一緒じゃねぇか。なんで隊長のボクを差し置いて、長谷川なんだよこのオカッパがァ!!
 無性にムカムカして、地団駄を踏んで舌打ちをする。と、すぐそばからかすかな笑い声が聞こえてきて、はたと我に返った。いつからいたのか、見上げた先には第1部隊小隊長である真木島(まきじま) が立っていた。
 真木島は「隣、失礼します」と言って、鳴海の返事を待たずに隣に腰を下ろす。なんだなんだどうしたんだ、と様子を伺っている鳴海をよそに、真木島は開口一番、小声で言い放つ。
「隊長って、保科副隊長が好きだったんですね」
 十分な間を置いたのち、鳴海の口から「は?」と気の抜けた声が漏れる。
 真木島はそんな鳴海の反応などおかまいなしのようで、
「いや、じつは前からそうなのかなって思ってはいたんですけど、やっぱそうなんだなって。いますとんと腑に落ちたというか」
 と、嬉しそうにうなずき「そっか〜、だよな〜」としみじみとつぶやく。
 真木島の言う「好き」がどういう意味を持つのか、恋だの愛だのに疎い鳴海にもさすがにわかる。だからこそ、潮がさっと引いていくかのように荒れ狂っていた熱が引いた。
 どこをどう見たらそうなるんだよ。どのタイミングで腑に落ちてんだ。まったくもって意味がわからない。
「誰がほ、あんなオカッパなんかに。んなわけあるか」
「俺、こう見えて口は堅い方なんです。職場恋愛って存外大変すもんね。なんせ、第1と第3で、相手はあの難攻不落の保科副隊長ですし。でも任せてください、誰にも言いませんよ。隊長のこと、応援してます」
「いや、待て待て。どうしてそうなる……真木島、おまえもしや宇宙人か?」
 あらぬ方向にトップスピードで進んでいく真木島を引き止めて、どうどうと宥める。思えば、こうやって二人で雑談をするのは初めてかもしれない。なかなか掴めぬ男だとは思っていたが、こうも猪突猛進のイノシシ野郎だったとは。
「え、まさか本当に違うんですか?」
「まさかってなんだよ。べつにそういうんじゃない。アイツはなんというか、存在がやかましいだろ。だから、目の前をちょこまか動かれると目につく。目障り、ただそれだけだ」
 真木島は目を白黒させ、まるで得体の知れないものを見るかのように鳴海を見つめた。なんとなく言外にバカにされたような気がして、鳴海はムッとする。
「なにを期待しているのかは知らんが、アイツだけはない。誓ってない」
「うーん、そこまで否定するのなら違うのかもな」
 真木島が真剣な顔で、独り言のようにこぼす。
「なにが」
「いえ、こちらの話です。正直なところ、お二人はお似合いだと思ったんですけどね」
「似合い? 保科だぞ?」
「保科副隊長って、じつは俺ら隊員の間でもめちゃくちゃ人気あるんですよ。男女とわず。一見、もの腰は柔らかそうだけど、一本芯が通ってて凛としてるというか。そういうところに憧れてるヤツは多いです。部下の面倒見もいいって評判ですし」
 真木島の言い分に、鳴海は「へー」と気のない返事をする。面倒見がいいのは、日比野や四ノ宮を見ていればだいたいわかる。たしかに、新人や部下からの人望は厚いのだろう。新人育成を担う第3の副隊長向きだ。だが、じゃあ別部隊とはいえ上官であるボクへの対応はどうかと問われると、答えは間違いなく下の下の下で最悪、アイツは永久に落第だ。
 よみがえってきた怒りに、鳴海は顔をしかめる。真木島はなおも話しつづけている。保科について話しはじめてから、やけにじょう舌だ。
「あと、保科副隊長ってときどき妙に色っぽいじゃないですか。所作とか、剣術のときの流し目とか」
 話し半分に聞いていたが、色っぽい、その単語を耳にして、鳴海は飲みかけていたペットボトルの水を盛大に吹きこぼした。隊服を湿らせながら、音を立ててペットボトルが床に落ちる。思いきり気管に入って咽せた。苦しい。苦しいが、それどころではない。
「っ、おい」
「わわ、大丈夫すか。隊長」
「なんて言ったんだ、いま」
「へ? や、隊長……水が」
「いいから。なんて言った」
「ほ、保科副隊長が、色っぽいって」
「アァ、そうだったなァ。で? 真木島も、そんな目でアイツを見ているのか」
 胸ぐらを掴み、ズイと顔を寄せて、真木島に問う。
 人類も怪獣もすべてが消え失せたみたいに、あたり一帯が静かで、物音ひとつしない。耳が痛くなるほどの無音だった。身体の内側で、鳴海の心臓だけがドクンドクンと異常な心拍音を鳴り響かせている。三分の一程度しか飲んでいなかったペットボトルから、とくとくと水が流れて床に歪なシミを作った。
 知っている。これはきっと怒りだ。
 けれど、この怒りがいったいどこから湧いてくるのか、鳴海自身にもわからない。ただ、どうにもならない、マグマのような熱が身体中を這いまわる。
「や、俺はべつに、です。全然そんな、つもりなくて」
 青ざめた真木島が、二人の身体の間に両手を差し入れて違う、誤解なのだと否定する。射抜くように見た、その瞳に嘘はない。
「あの、鳴海隊長?」
「……そうか、ならいい」
 鳴海は真木島からぱっと手を離すと、そのまま立ち上がる。
「そろそろ師団会議の時間だ。小隊長は、モニタルームから参加するんだろ? またあとでな」
 鳴海は真木島を一瞥してから歩きだす。途中でペットボトルを拾い上げ、近くのダストボックスに放った。ガコンと乾いた音がした。
 
 ひとり取り残された真木島は、鳴海の姿が見えなくなった途端、膝に腕をつきこうべを垂れた。やべ〜〜、まじでこえ〜〜っ! と内心で叫び声をあげる。まだ足もとがガクガクと震えていた。あんな瞳の鳴海はこれまでに見たことがない。無性に泣きたくなった。
「あれで好きじゃないとか、嘘だろ」

end
真木島(三宅)さんが好きなので、ついつい鳴保のドタバタに巻き込んでしまいます。申し訳ない。そこはかとなくモテの気配を感じます。思春期の鳴保をくっつけてください。
 
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